シリーズ追跡 放置される森林
HOMEへ メニューへ HOME > 連載 > シリーズ追跡 > 記事詳細
| 2008 | 2007 | 2006 | 2005 | 2004 | 2003 | 2002 | 2001 | 2000 | 1999 | 1998
緑保全へ管理誰が

 「植えとったらもうかる」。ヒノキ林、スギ林がうらやましがられる資産だったのは昭和の話。外材の影響で価格が低迷し、せっかく植林したのに手入れされない人工林、いわゆる「放置林」がどんどん増えている。そんな中、県が三月に示した「森林再生方針」。香川の緑を誰が、どう維持管理するのか。そこには大きな政策転換があった。

行き詰まる林業

展望なく「黒い森」増加

手入れされたヒノキ林は陽光あふれる「緑の森」。雑草木まで日光が届く=まんのう町
手入れされたヒノキ林は陽光あふれる「緑の森」。雑草木まで日光が届く=まんのう町

 まんのう町塩入で林業を営む豊田均さん(60)の山林。作業道のわきに、樹齢三十年の真っすぐなヒノキが整然と並ぶ。見上げた先の青空からは陽光が降り注ぎ、地面の雑草木を照らす。輝く「緑の森」は生命力があふれていた。
  「全然違うやろ」と豊田さん。途中立ち寄った別のヒノキ林は、ひょろ長い木が密生して薄暗く、むき出しの山肌にごろごろと岩がのぞいていた。対照的な「黒い森」。間伐の時期をとうに過ぎた、いわゆる放置林だ。
  人工林の善し悪しは、雑草木の茂り具合で判別できるという。ヒノキは根が浅く、地滑りを防ぐには“くぎ”となる下草や雑木が不可欠。よく茂った雑草木は腐葉土を生み、保水力も高めるとされる。そうした好環境を保つには、地面まで日光が届くように間伐を行う必要がある。
  だが、手入れの行き届いた山は減っている。そもそも、「いま県内で専業林家は豊田さんだけ」(県みどり整備課)というから驚きだ。

  苦境に立つ一次産業の中でも、林業を取り巻く環境はとりわけ厳しい。
最大の原因は木材価格の低迷。農水省によると、ヒノキ(中丸太)は一立方メートル当たり七万六千二百円だった一九八〇年がピーク。その後は外材との競争で価格が抑え込まれ、二〇〇五年には三分の一の二万五千五百円まで下がった。
「昭和四十年代までは、間伐材を売れば補助金なしで収益が出た」と話すのは仲南町森林組合(まんのう町生間)の小山悦寛総括課長。ところがいまは経費すら賄えない。間伐してもその場に木を「切り捨てる」か、あるいはまったく間伐をせず放置してしまう。それがやがて黒い森になるというわけだ。
同組合は昨年、実に二十年ぶりに、試験的に間伐材を搬出して販売した。樹齢四十年のヒノキ林一ヘクタールから切り出したのは優良木ばかり。にもかかわらず、手元に残ったのは二十万円。「これだけとは。二十年前は三ヘクタールで千万円になったのに…」。小山さんはこぼす。
間伐されず放置された「黒い森」。木の成長が悪く、地滑りなどの危険も増す=まんのう町
間伐されず放置された「黒い森」。木の成長が悪く、地滑りなどの危険も増す=まんのう町

  試験的な切り出しが可能だったのは、トラックをつけられる森林基幹道が近くを走っていたおかげでもある。これが作業道さえない、奥まった林となると手の付けようがないという。間伐する、搬出する、市場に持ち込む―。作業を重ねるほど経費が膨らむため、間伐をしなくなる。すると優良木が育たず、買いたたかれる。そうこうするうちに担い手は高齢化する。まさに悪循環だ。

  さらに香川の山林の特徴は、小規模林家が入り乱れる「モザイク状」であること。これではスケールメリットも生かせない。古い調査だが、県の一九九九年度のアンケートでは、所有面積の小さい人ほど手入れに消極的だった。
工夫している山林所有者もいる。小規模林家の多い旧琴南町地区に住む男性(66)は、五年前に所有者七人で三十ヘクタールの「団地」を形成した。「集団で間伐したり販売する本格的な団地ではない。維持管理のための緩やかな集まり」。共同作業は約一キロの作業道の敷設と補修にとどまるが、道を通したことで、奥の林に至るまで枝打ちや間伐をしやすくなったのは確か。男性は「いまは売り時でない。手入れだけは怠らず、百年、百二十年と名木に育つまで待つ」と腹を決めている。
しかし、団地化するにもさまざまな条件がある。香川西部森林組合(まんのう町炭所西)の三野和哉業務課第二課長は「傾斜がある程度緩やかで、樹齢が似通っている方が望ましい」と話す。自己負担を覚悟する所有者が複数いることはもちろん、飛び地が生じても実現は難しい。

  まんのう町帆山の男性(63)のヒノキ林は、三年前の台風で倒れてしまった。「間伐をしていなかったので根が浅かった」ためだ。
山への関心がなかったわけではない。男性は「森を維持して有効に使うことが、中山間に住む者の使命と分かっとるよ。分かっとるけど…」と苦悶。「この辺りの山は農家が農閑期に手入れしていたが、農業で食えなくなって皆勤め人になった。そうなると、なかなか山に目を向けられない」と実情を話す。
県内の人工林は、昭和四十年代に広まった松くい虫被害の後、スギやヒノキへと樹種転換したものが主だ。それから約四十年。過去の投資を回収する時期を迎えるはずが、山林所有者を待っていたのは先の見えない暗い森だった。

 

県が「再生方針」

災害契機に環境優先へ

県森林再生方針の優先的整備区域
県森林再生方針の優先的整備区域
(クリックで拡大します)

 県が今年三月、向こう五年間の森林整備をまとめた「森林再生方針」。策定のきっかけとなったのは、三年前の台風災害だった。

  台風の上陸が相次いだ二〇〇四年。県は香川大に依頼し、最も大きなつめ跡を残した23号台風による森林の被害状況を検証した。その結果、読みとれたのは「整備された森林に比べて、放置林での崩壊が多い」という傾向だった。
具体的には、斜面崩壊密度(一ヘクタール当たりの崩壊個所数)に顕著な差が出た。放置林は、観音寺市大野原町の高尾山周辺で三倍以上、さぬき市笠ケ峰北側で四倍以上も被害が大きかった。県は「山崩れ自体は植生にかかわらず発生しているが、放置されたままの状態は被害の拡大を招きかねない」(みどり整備課)と危機感を強めた。
また、山崩れだけでなく、近年頻繁に発生する渇水禍もまた、遠因の一つに放置林の保水力の低さがあるのではないか。県はそうもにらんでいる。

  林業支援から環境保全へ。森林再生方針の要点は、水源かん養といった森林の公益的機能維持をお題目に、県がこれまで以上の公的支援に乗り出す姿勢を打ち出したところにある。〇一年に国が林業基本法を三十七年ぶりに抜本改正し、公益的機能の重視を打ち出した流れに沿ったものでもある。
再生方針では、効率的な整備を進める優先区域として、森林計百五十五カ所(二万七千ヘクタール)を選定した。選ぶに当たっては、災害防止だけでなく、初めて水源かん養の観点を取り入れ、主要ダムや水道水源の上流域にある森林の多くが優先区域となった。
注目すべきは、優先区域からさらに抽出した「再生森林」だ。特に早急に整備すべき五千三百七十六ヘクタールを指定した。このうち、「黒い森」である放置林が約四千五百ヘクタールと実に八割超に上っている。
再生森林となったエリア内では、造林補助事業に対する県の補助率を10ポイント上乗せする。自己負担を軽減することで、森林所有者による放置林の整備を促そうという狙いだ。
ここまでなら従来の公的支援の充実でしかない。しかし、県は今回の方針策定を「政策の大転換」と位置付ける。そのゆえんが、新メニューとして打ち出した行政による森林整備の“代行”だ。
その内容は、森林保全に向けた行政の関与を強化し、再生森林の所有者が自発的に手入れしない場合は、行政が代って整備することを打診。所有者には引き換えに、山林の売買などに一定の制限を課すというものだ。
補助の上乗せも整備代行も、所有者の申請を待つのではなく、制度の活用促進を積極的に働きかけるという。

  ただ、不安要素も尽きない。補助率アップがどの程度の「呼び水」になるか。以前から山に手をかけてきた所有者には朗報だろうが、放置してきた所有者に対してはどうか。再生森林に指定された放置林約四千五百ヘクタールの内訳は、個人所有が五割強、昭和の大合併で生じた財産区(旧村有林)所有が二割強を占める。どちらも資金力は未知数。どこまで自己負担に応じられるか定かでない。
また、補助上乗せより整備代行を望む所有者が多かった場合、コストは増大。代行に踏み切ろうとも、土地の境界が不明で、境界確定のために労力を費やすケースも予想される。県は再生方針に基づく森林整備に「新たに十数億円が必要」としているが、さらに財源を要する可能性がある。
「山の維持管理を所有者任せにするのはもう限界ではないか」(みどり整備課)。これが再生方針に込めた県の思いだ。林業が完全に行き詰まる中、森林の荒廃を食い止めるため、どこまで税金を投じるのが適当か。議論を深めなければならない。

広瀬大、戸城武史が担当しました。

(2007年11月18日四国新聞掲載)

はてなブックマークへ 記事をはてなブックマークに登録する

ご意見・ご感想はこちらへ

前へ戻る 画面上部へ  
Copyright (C) 1997-2008 THE SHIKOKU SHIMBUN. All Rights Reserved.
サイト内に掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています